東京高等裁判所 昭和29年(ネ)69号 判決
被控訴人に対し、控訴人高橋金次郎は、東京都渋谷区代々木上原町千三百十五番地十四号家屋番号同町四四九番木造瓦葺二階建一棟建坪四十二坪五合外二階三十二坪二合五勺の内、階下大玄関板敷の右側四畳半一室(勝手部屋)及び右板敷の奥階段の右隣三畳一室を、控訴人矢田常彦は右階段の左隣三畳一室(押入附一坪七合五勺)を、それぞれ明渡し、且つ昭和二十七年一月一日より右明渡済に至るまで一个月につき、控訴人高橋は金二百一円九十四銭、控訴人矢田は金九十四円二十四銭の各割合による金員を支払うべし。
被控訴人の各控訴人に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用中被控訴人と控訴人両名間に生じたるものは、第一、二審を通じてこれを五分し、その二を控訴人高橋、その一を控訴人矢田、その余を被控訴人の各負担とする。
この判決中被控訴人勝訴の部分に限り、執行前被控訴人において、控訴人高橋に対し金二万円、被控訴人矢田に対し金二万円の各担保を供するときは、仮りにこれを執行することを得る。
二、事 実
控訴人両名訴訟代理人は、「原判決中控訴人両名に関する部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方代理人の事実上の陳述は、被控訴人訴訟代理人において、「控訴人高橋に貸した室は階下大玄関板敷右隣六畳一室のみで、その他の右横四畳半一室及び玄関板敷奥の階段の右隣三畳一室は、同控訴人が権原なくしてほしいままに使用しているから、この二室については同控訴人に対し所有権に基ずき明渡を求める。また控訴人矢田に貸した室は階下物置の左隣六畳一室(押入附四坪)のみで、その他の前記階段左隣押入附三畳一室(一坪七合五勺)は、同控訴人が権限なくしてほしいままに使用しているから、この一室については同控訴人に対し所有権に基ずき明渡を求める。」と訂正陳述し、控訴人両名訴訟代理人において、「本件家屋の延坪数、昭和二十七年度の本件建物の固定資産税課税評価額、建物敷地の同評価額及び階上、階下の専用面積が被控訴人主張の如くであること、並びに被控訴人が当審で訂正陳述した主張事実はすべて認める。」と述べた外は、原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人が昭和二十四年十月十七日東京都渋谷区代々木上原町千三百十五番地十四号家屋番号同町四四九番木造瓦葺二階建一棟建坪四十二坪五合外二階三十坪二合五勺(以下本件家屋という)を、その所有者訴外武蔵造機株式会社(以下訴外会社という)より買受けその所有権を取得し、翌二十五年十月四日その旨の登記を了した事実並びに控訴人両名がこれより先右訴外会社の従業員として雇われ、当時専ら従業員の寮に供されていた本件家屋の内、控訴人高橋金次郎は階下大玄関板敷右隣六畳一室を、控訴人矢田常彦は階下物置左隣六畳一室を、それぞれ使用料一个月金十八円月末払の約で借受け、その後引続き現在までこれに居住している事実は、当事者間に争がない。
よつて先ず控訴人等に対する右各六畳室明渡の請求について審按する。被控訴人は、右貸室契約においては雇傭契約終了と同時に、または会社の都合で解雇されたときは雇傭契約終了のときから三个月後に、当然明渡をなすべき特約が存しているところ、控訴人等は解雇により昭和二十五年三月末に雇傭契約終了したから、その後三个月の経過によりそれぞれ前記各室の明渡義務を負うに至つたと主張し、控訴人等は、右貸室契約は賃貸借であるから借家法の適用があると抗争するので按ずるに、原審証人山根良平の証言によると、本件家屋各室の居住者が訴外会社から解雇された場合には、別に書面上の定めではないけれども、それから三个月内に各借室から立退く立前になつていたということが窺われ、控訴人等と訴外会社との雇傭契約が、解雇により昭和二十五年三月末終了したことは、当事者間に争のないところであるが右山根証人の証言及び当審証人伊藤三男、同井上猪佐男の各証言、原審における控訴人高橋金次郎本人尋問、当審における控訴人矢田常彦本人尋問の各結果を総合すれば、各控訴人がそれぞれ前記の室を借りたのは戦前昭和十九年暮か昭和二十年一月頃で、前記使用料は当時としては世間並みの相当家賃額であつて、終戦後には値上の話も出たことあり、訴外会社ではこれを損害金と称していたが、畳替え、屋根修繕等の家屋保存費や火災保険料並に寮に入つていない他の従業員の住宅料の一部等に当てていた事実が認めれるので、右使用料は借室使用の対価として支払われていたものというべく、本件家屋各室の使用契約は、本件家屋が訴外会社の従業員専用の寮であることにはかかわりなく、これを賃貸借契約であるというを憚らない。してみれば当然借家法の適用を受けるべきで、従業員たる雇傭関係が終了すれば直ちに、または三个月後に当然、家屋を明渡すべきものとする被控訴人主張の特約は、借家人に不利なものとして、借家法第六条によりその定めなきものとみなされることとなり、雇傭契約が前記の如く終了したからと云つて事前の更新の拒絶又は解約申入等の手続なくして、直ちに、または三个月後に、当然終了するということはない。従つて被控訴人が本件家屋取得前すでに賃貸借が終了し、前主の訴外会社において控訴人等に対し、明渡請求権を有していたという被控訴人の主張は失当であり、被控訴人は本件家屋の所有権を取得すると同時に、控訴人等と訴外会社との間の賃貸人の地位を承継したこととなる。故に被控訴人の主張する本件第一次の請求はその理由がない。
よつて進んで被控訴人主張の第二次の予備的請求原因に入つて審べる。被控訴人が各控訴人に対し昭和二十六年十二月二十九日到達の書面を以つて、前記所有権取得登記を了した昭和二十五年十月四日以降書面到達の日までの公定賃料額を三日以内に支払うべく、もし支払わないときは本件賃貸借契約を当然解除する旨の、催告並びに条件附解除の意思表示をなした事実は当事者間に争のないところであるが、右のような賃料額支払の催告をしても、前示一个月十八円の賃料がその後値上げせられたという主張も立証もないのであるから、公定賃料額即ち地代家賃統制令による統制最高額の範囲内で賃貸人から賃料の値上の請求をして初めて、その時から賃料改定の効力を生ずるので、仮りに右催告をしたことの中に賃料値上の請求をも含むものとみても、従前の延滞賃料のあつた期間の分にまで遡つて値上の効力を生ずるものではなく、従前の額以上の賃料額については延滞賃料支払の催告たるの効がないと云わねばならぬ。そして本件家屋各室の賃料額は前示昭和二十年一月頃において、それぞれ一个月金十八円であるから、これを基準として前示催告にかかる昭和二十五年十月四日以降催告書到達の日までの統制賃料額をその頃までに順次値上となつた当裁判所に顕著な修正率等によつて算出するときは、前記従前よりの賃料一个月金十八円宛に比し著しく過大であり、且つこれに対し控訴人等が右正当な十八円宛の割合の延滞賃料を現実に提供するも、賃貸人たる被控訴人において受領を拒否したであろうことは、成立に争なき甲第二号証の一(右延滞賃料催告及び条件附解除の通知)の文言自体並びに弁論の全趣旨から、これを窺うに難くないので、これに対し控訴人等が催告期間内に右一个月金十八円宛の割合による延滞賃料の提供をしなくても、前記停止条件附解除は効力を生ずることはない。(大審院昭和七年三月十七日第一民事部判決民集一一巻四三四頁参照)従つて右三日の催告期間の末日たる昭和二十六年一月二日(一月一日は休日に当たり取引をなさざる慣習あるによる)の経過の際、控訴人等に賃料支払債務の不履行があつたかどうかにつき、控訴人等は種々抗争するところがあるが、これらの諸点についての判断をするまでもなく、被控訴人が本件家屋についての賃貸借が右一月二日の経過と共に解除となつたことを前提とする、前示各六畳室の明渡を求める請求は失当たるを免れない。
次に控訴人等に対する右六畳室以外の室の明渡の請求について按ずるに、これら六畳以外の各室についてはそれぞれ各控訴人と被控訴人との間に賃貸借契約も存在せず、その他被控訴人の前示所有権取得登記後に控訴人等において被控訴人に対抗し得べき、何等の権原もなく占有していることは、当事者間に争なきところであるから、本件家屋の所有者たる被控訴人に対し、控訴人高橋は本件家屋の階下大玄関板敷の右側の四畳半一室(勝手部屋)及び玄関板敷奥階段の右隣三畳一室を、控訴人矢田は右階段の左隣三畳一室(押入附一坪七合五勺)を明渡すべき義務がある。
次に被控訴人請求の損害金の点につき審究するに、そのうち本件六畳室に対する部分は、前述の如く各控訴人等の各六畳室の占有が不法であるとはいえないから、不法占有を原因としてこれにより生じた損害金の支払を求めることのできぬのは勿論であるし、その請求する金額が統制賃料額と同額であるからと云つて、被控訴人が予備的に延滞賃料の支払を求めているものと推測するのは、弁論の全趣旨からみても適当でないから、本件各六畳室に対する部分の損害金の請求は失当である。その余の前記控訴人等の不法占有であると認定した各室に対する部分については、被控訴人の請求する一坪当りの統制家賃相当額の損害は、通常生ずべき損害と解すべく、各控訴人はいずれも右不法占有により生じた損害として被控訴人に対し該金額を賠償すべき義務あるところ、その額が一个月一坪当り金五十三円八十五銭と認定し得ることは、この点に関する原判決理由中に説示のとおり(原判決九枚目記録一八一丁表四行より同裏二行まで)であるから、該部分をここに引用する(但し「被告等において明に争はないので自白したものとみなすべく」とあるのを「控訴人において認めるところで」と訂正して」)。さすれば算数上控訴人高橋についてはその不法占有部分三坪七合五勺(四畳半及び三畳)につき一个月金二百一円九十四銭(銭未満四捨五入)、控訴人矢田についてはその不法占有部分一坪七合五勺(押入附三畳)につき一个月金九十四円二十四銭(銭未満四捨五入)となる。
以上の次第であるから被控訴人の本訴請求中、控訴人高橋金次郎に対しては、前記四畳半一室及び三畳一室の明渡並びにこれが不法占有を始めた後である昭和二十七年一月一日以降明渡済に至るまで一个月金二百一円九十四銭の割合による損害金の支払を求め、控訴人矢田常彦に対しては、前記押入附三畳一室の明渡並びにこれが不法占有を始めた後である昭和二十七年一月一日以降明渡済に至るまで一个月金九十四円二十四銭の割合による損害金の支払を求める部分は、正当としてこれを認容できるが、その余の部分は失当として棄却すべきものとする。従つて被控訴人の本訴請求全部を認容した原判決は相当でないから、これを主文の如く変更すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九十六条第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条に則り主文の如く判決する。
(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)